動かしてから語れ #7
3月に「AIにデザインは伝わらない」と書いた。
Figma MCP、Google Stitch、Pencil、Figma Make。全部試して、デザインの作業量は減っていないと結論した。理由は「デザインは言葉の前に絵で浮かぶから」。AIは言葉が先で、絵が後。順序が逆だと。
あれから1ヶ月。AnthropicがClaude Designを出した。触ってみた。
答え合わせだった。
design.mdがあれば、最高のツール
Claude Designにはdesign.mdを食わせる仕組みがある。色、書体、余白のルール、禁止事項。デザインシステムの設計書をMarkdownで渡すと、その制約の中で生成してくれる。
これが凄まじく効く。
design.mdが完成されていれば、Claude Designは最高のツールだ。1→Nの量産が回る。バリエーション展開、レスポンシブ対応、コンポーネントの派生。人間が1つ作ったものを、AIが10に増やす。速度が桁違いだった。
ただし、0→1は無理だ。
design.mdがない状態でClaude Designに「かっこいいカードデザインを作って」と言っても、3月と同じ「それっぽいが手で触れないもの」が出てくる。当然だ。制約がなければ、AIは平均値を出すしかない。
証明されたこと
Claude Designが証明したのは、AIデザインツールの性能ではない。design.mdの有無が全てを決めるという構造だ。
同じツール、同じモデル、同じプロンプト。違うのはdesign.mdがあるかないか。結果は天と地ほど違う。
3月に書いた「言語化の手間が、制作の手間を超える瞬間がある」は、design.mdを持たない側の体験だった。持っている側では、言語化は終わっている。だからAIに渡せる。だから速い。
design.mdはどこから来るか
ここが核心だ。
design.mdは「書くもの」ではない。作った結果として残るものだ。
色を置く。余白を調整する。フォントの太さを変える。「これだ」と感じる瞬間がある。なぜ「これだ」なのか、その時点では言語化できない。でも手を動かし続けると、パターンが見えてくる。「この案件ではCormorant Garamondが合う」「余白は1.618倍が気持ちいい」「アクセントカラーは見出しとCTAだけに使う」。
それをまとめたものがdesign.mdだ。
言語化で0→1するよりも、手を動かしたほうが早い。手を動かした結果としてdesign.mdが生まれる。
うちのL0 Pipelineは、まさにこのプロセスを体系化したものだった。Phase 0の商品理解からPhase 9のQuality Gateまで、9つのフェーズを通す中でdesign.mdが副産物として生成される。目的は「design.mdを書くこと」じゃない。「作ること」だ。作った結果として、design.mdが残る。
3月の時点では、これは「自分たちの方法論」でしかなかった。Claude Designが出てきて、この方法論が構造的に正しかったと外部から証明された。時代が少し追いついた。
順序の問題、再び
3月に書いた。「デザインは頭の中に絵が浮かんでから手を動かす。AIは逆だ。まず言葉を要求する。」
Claude Designはこの問題を解決していない。正確に言えば、解決する必要がない人のためのツールだ。
design.mdを持っている人間にとって、言語化は終わっている。頭の中の絵を言葉に変換する苦痛はもう過去のものだ。だからClaude Designに渡せる。だから1→Nが回る。
持っていない人間にとって、言語化はこれから始まる。「ダークトーン、Cormorant Garamond、時計画像を右配置、角丸カード」——こういう断片的な指示では、design.mdにならない。断片と体系の間には、手を動かした時間が必要だ。
3月の記事で書いた「言語化の手間が、制作の手間を超える瞬間」は、まさにdesign.mdを持たない状態を指していた。あの時点では、AIツール全般への所感だった。Claude Designが出てきて、その所感が構造的な問題だったと証明された。
持つ者と、持たない者
世界はこれから気づく。design.mdが要ると。
AIデザインツールの性能が上がるほど、design.mdの有無が成果を分ける。モデルの能力差ではない。入力の質の差だ。同じClaude Designを使っても、design.mdを持つ人間と持たない人間では、出てくるものが違う。
そしてdesign.mdは、プロンプトエンジニアリングでは生まれない。手を動かし、色を置き、余白を感じ、「これだ」と「これじゃない」を繰り返した先にしか存在しない。
うちのL0 Pipelineは、そのプロセスを体系化したものだった。Phase 0の商品理解からPhase 9のQuality Gateまで、9つのフェーズを通す中でdesign.mdが副産物として生まれる。目的は「design.mdを書くこと」ではなく「作ること」だった。作った結果として、design.mdが残る。
design.mdを書ける人間は、design.mdを書かなくても作れる人間だ。
逆は成り立たない。design.mdを書けない人間は、AIにデザインを伝えられない。3月に書いた「頭の中の絵は、プロンプトにならない」の正体がこれだった。
格差はAIの性能ではなく、言語化以前の蓄積で決まる。
当分、手は動かし続ける。