$35と$65のあいだ
Anthropicが社内でマーケットプレイスを作った。69人の社員に$100ずつ配り、AIエージェントに売買交渉をさせる実験だ。人間は事前に好みや交渉スタイルを伝えるだけ。あとはAI同士がSlack上で勝手に交渉し、186件の取引を成立させた。
結果は明快だった。同じ壊れた自転車が、弱いモデル(Haiku)に交渉させると$35で売れた。強いモデル(Opus)なら$65。差額$30。同じ商品、同じ市場、同じルール。違うのはAIの性能だけだ。
「公正だった」
この実験で最も重要な発見は、価格差ではない。
弱いモデルで不利な条件を飲まされた参加者が、「取引は公正だった」と評価したことだ。
$30損している。でも気づいていない。参加者はAnthropicの社員だ。モデルの性能差は知っている。それでも、自分にどのモデルが割り当てられ、相手とどう差がついたのかは見えない。格差の存在を知っていても、自分の取引の中ではそれを知覚できない。
そもそも、交渉はモデルに委ねられた。Haikuは全力で交渉している。ただ、その全力がOpusに及ばないだけだ。そしてHaikuは、自分が劣っていることを知らない。人間は格差を知っていた。モデルは知らなかった。取引を動かしていたのは、知らない側だ。
しかも「積極的に交渉しろ」と指示を出しても、統計的に有意な差は出なかった。プロンプトの工夫では覆せない。モデルの認知能力そのものの差だ。
知らないことすら知らない
この構造は、モデルだけの話ではない。人間にも同じことが起きている。
12年間、デザインからコード、インフラ、企画まで全領域を自分で触ってきた。その中で一つだけ確信していることがある。
本当に不利な立場にいる人間は、自分が不利だと思っていない。
Web制作の見積もりを出す。一領域しか持たない人間も、全力で見積もる。ただ、その全力の射程が短いことを、本人は知らない。Haikuと同じだ。
片方はUIの裏にあるインフラ構成まで見えている。片方は画面の話しかできない。どちらも「Web制作の見積もり」として出てくる。クライアントは両方とも「妥当ですね」と頷く。
モデルの無自覚と、人間の無自覚。構造が同じだ。Haikuは自分がOpusに劣ると知らずに全力で交渉し、一領域の人間は自分に見えていない領域があると知らずに全力で見積もる。そしてどちらの場合も、相手——取引相手やクライアント——にはその差が見えない。
探針が壊すもの
「造問」という方法論を使っている。聞くな、作れ。言葉で返さず、動くもので返す。
今日、なぜこの方法が機能するのか、一つ解像度が上がった。
探針は「知らないことすら知らない」状態を壊す道具だ。
クライアントに「何が欲しいですか」と聞いても、表層の答えしか出ない。ヒアリングシートで拾えるのは、相手が既に知覚している課題だけだ。
モックアップを出す。「それじゃない」と言われる。この否定が、知覚できなかった格差を初めて可視化する瞬間だ。「何が違うかわからないけど、違う」。その感覚は、比較対象が目の前に現れて初めて生まれる。
Project Dealの参加者に足りなかったのは、探針だ。モデルの性能差を知識として持っていても、自分の取引結果をOpusの条件と並べて見る機会がなかった。だから「公正だった」と答えた。
格差は消えない。見えなくなる
AIエージェントが交渉し、契約し、取引を完了する世界が近づいている。
その世界で起きるのは格差の解消ではない。格差の不可視化だ。
強いモデルを持つ人間はより有利な条件を引き出す。弱いモデルを持つ人間は、気づかないまま「公正だ」と感じる。従来の格差には「自分は不利だ」と気づく余地があった。年収の差、学歴の差、地域の差。数字で見えた。
AIが仲介する格差は、数字にならない。感覚にすら上がらない。
知らないことすら知らないまま、公正だと信じて暮らす。それがこれから来る格差の形だ。
壊すには探針がいる。見せなければ気づけない。聞いても出てこない。作って、並べて、初めて「こんなに違ったのか」が見える。
作ることでしか壊せない格差がある。